芥川龍之介「芋粥」のあらすじと解釈を3つのポイントから考察!

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 芥川龍之介は古典を題材にして多くの小説を書いています。その一つが、「芋粥」という小説です。これは「今昔物語」という古典を題材に芥川が創作した物語ですが、原作よりも深い内容になっていると感じます。

今回は、「芋粥」のあらすじをわかりやすくご紹介します。後半では作品のポイントを3つに分け、作品の解釈を深めていきます。また、原作との違いは何なのかについても触れているので、参考にしてくださいね。

登場人物・舞台背景

物語の舞台は平安時代の京都です。ちょうど藤原氏摂関政治を行い、繁栄を極めていたころをイメージすればよいでしょう。

作中の主な登場人物は、以下の2人です。

まず1人目は五位という、なよなよとした40代の男です。本名は明らかにされず、作中では「五位」という身分で呼ばれています。彼は物語の主人公なのですが、同僚や子供にもばかにされても、笑ってごまかすことしかできない意気地のない男と描かれています。

2人目は藤原利仁という男です。粗野な言動が目立ちますが、覇気に満ちた武人です。五位とは正反対の男ですが、酒宴の戯れをきっかけに五位に芋粥をごちそうしようとします。

あらすじ

平安時代摂政藤原基経の部下に「五位」と呼ばれる侍がいた。彼は背が低く、赤鼻で風采が上がらない。同僚や子供にも煙たがられ、ばかにされても、この五位は笑ってごまかすばかりであった。

そんな五位にもひそかな楽しみがあった。たまの宴会で出される、わずかな芋粥である。ある日の宴会のこと、「いつになったら満足に芋粥にありつけるか…」そう言った五位の言葉を聞きつけた者がいた。藤原利仁という鷹揚で武人らしい男であった。

 「私が満足させて見せよう」という利仁の発言に乗り、五位は彼の屋敷へと向かう。敦賀にある屋敷に到着した翌日、利仁は約束通り大量の芋粥を五位の前に用意した。

 しかし、あれほど待ち望んでいた芋粥を食べることがだんだんと不安になってくる。準備がどんどん進み、いざ目の間に出されてもどうしてか食べる気も起きない。少しばかり口を付けた後、「もう十分だ」と五位は芋粥を辞退してしまった。

芋粥の解釈と感想

あらすじの確認ができたところで、物語の解釈を深めていきたいと思います。今回は3つのポイントに分けて、五位の心境や「芋粥」全体の構成を考えていきたいと思います。では早速、五位の心情の変化を見ていきましょう。

芋粥を喜べなくなった五位

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この物語の主な内容は「芋粥に満足したことのない五位が、どうしてか大量の芋粥を前に喜ぶことができなかった」というものです。なぜ、それほど待ちわびていたものを五位は満足できなかったのでしょうか。彼の心情の変化を辿ってみましょう。

まず、彼はよっぽど芋粥を食べたかったと見えます。利仁に連れられた五位は、粟田口を経て東山へ、そして山科を通って三井寺へ…と京都を離れていくことに不安になり、泣き言を言います。しかし、それでも利仁についていったのはひとえに芋粥を食べたかったからなのです。

芋粥に飽かむ」事が、彼の勇気を鼓舞しなかったとしたら、彼は恐らく、そこから別れて、京都へ独り帰って来た事であろう。

これほど熱心に求めていた芋粥ですが、利仁の館で寝ようとするときには嫌な予感が五位を襲いはじめました。

五位の心には、何となく釣合のとれない不安があった。第一、時間のたって行くのが、待遠い。しかもそれと同時に、夜の明けるという事が、――芋粥を食う時になるという事が、そう早く、来てはならないような心もちがする。

ずっと待ち望んでいた瞬間が近づいてきら、普通はうれしさで胸がいっぱいになるような気がします。しかし、五位には得体のしれない不安が襲ってきました。

そして、大量の芋粥を用意しているのを目にした時には、五位の食欲は失せてしまったのです。利仁たちに悪いと思いながら、何とか口をつける五位でしたが、もう食べることはできません。

「いや、もう、十分でござる。……失礼ながら、十分でござる。」

このように五位は芋粥を辞退してしまったのです。

②なぜ五位は喜べなかったのか

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もうすこし突っ込んで、「なぜ五位は芋粥を喜べなかったのか」について考察していきましょう。先ほども見たように、臆病でありながら危険を冒してまで食べに行くほど、五位は芋粥が大好きでした。しかし、いざ目の前に出されたとき、食欲は見事に失せてしまいます。なぜ、こんなことが起こるのでしょうか。

この五位の心境については、イギリスの劇作家、バーナード・ショーの言葉が的確に表していると思います。

There are two tragedies in life.

One is to lose your heart’s desire. The other is to gain it.

  • 「人生には二つの悲劇がある。一つは夢がかなわないことであり、もう一つは夢がかなってしまうことだ。」

夢がかなわないのが悲劇だというのは誰でもわかりますよね。しかし、どうして夢がかなうのが悲劇と言われているのでしょうか。

人は、夢や目標を持っているときにこそ喜びを感じます。例えば、大学に向けて受験勉強をしているときは苦しい中にも充実感があります。「合格したらあのサークルに入って、バイトもして、友達も作って…」と夢がかなった自分を想像するのは非常に楽しいです。また、「自分の夢を実現するために頑張っているぞ」という自覚があり、苦しい勉強にも意味が見いだせます。

ですが、大学に合格したらどうでしょうか。もちろん、合格発表で自分の受験番号を確認したときには、喜びであふれると思います。友人や家族からも「おめでとう」と言われ、やっと肩の荷が下ろせたとホッとできますよね。

しかし、その喜びはいつまで続くでしょうか。いざ大学に入って、1週間、2週間とたつうちに「こんなものだったのか…」と感じる人は決して少なくありません。そして次にあなたを襲ってくるのは「いったい何をしたらいいのだろう?」という疑問です。実際、自分のやりたいことが分からず、せっかく入った大学を退学してしまう人は後を絶えません。

このように大きな目標を達成した後は、目標を失ってしまったむなしさに襲われます。夢がかなうということは、その夢をなくしてしまったことと同じ。このことを指して、バーナード・ショーは「悲劇」だと言っているのです。

芋粥」に戻って考えてみると、五位は「満足に芋粥を食べてみたい」という夢を抱いていました。「腹いっぱい食べたらどんな気持ちなんだろうなぁ…」と想像していた時、彼は幸せだったのです。

 しかし、大量の芋粥が現実のものとなってしまいました。この瞬間に、五位の夢は失われてしまい、「こんなものだったのか…」とむなしくなったのです。このことを本文の最後には、次のように書かれています。

五位は、芋粥を飲んでいる狐を眺めながら、此処へ来ない前の彼自身を、なつかしく、心の中でふり返った。

それは、多くの侍たちに愚弄されている彼である。京童にさえ「何じゃ。この鼻赤めが」と、罵られている彼である。

色のさめた水干に、指貫をつけて、飼主のない尨犬のように、朱雀大路をうろついて歩く、憐れむべき、孤独な彼である。

しかし、同時に又、芋粥に飽きたいという欲望を、唯一人大事に守っていた、幸福な彼である

五位は、「夢が叶ってしまうという悲劇」を味わったのです。

③今昔物語との違いは?

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冒頭でも紹介しましたが、芥川龍之介の「芋粥」のモデルになったのは『今昔物語』に収められている話です。原作とはいったい何が違うのでしょうか。気になったので『今昔物語』を読んでみると、次のような内容でした。

芋粥好きの五位が利仁についていく流れは同じ。

・五位は大量の芋粥の前に食欲がうせ、一杯も食べないうちに「お腹いっぱい」と言った。

・それを聞いていた人々は大笑いし、騒ぎ始めた。

・五位は一か月ほど滞在し、衣服や絹、馬や牛までもらって帰った。

・話の教訓は「同じところに長く勤めて信頼されると、思わぬ幸運に巡り合う」というもの。

このように、元々の物語は「頑張っていればいいことあるよ」というありふれた教訓話でした。なので、芥川の「芋粥」はストーリーもテーマも全く違うものになっていますね。

幸福とは何かという深いテーマにガラッと変えてしまったのですから、芥川の発想や表現力はやはり群を抜いていると思います。芥川の書いた小説のほうが、人間の本質をついていると感じますね。

書評・総合評価

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  • おもしろさ★★★★
  • よみやすさ★★★

5段階で「芋粥」を評価してみると、上記のようになりました。「芋粥」は基本的に読みやすい作品なのですが、「粟田口」や「東山」、「山科」といった地名がバンバン出てくるので、京都に馴染みがないとイメージがしにくいと思います。

私は京都にいたことがあり、これらのルートも何度か通ったので想像でき、親近感がわきましたね。

物語の内容は、人間の複雑な心理を見事についており、共感できるポイントが作中にちりばめられています。たとえば、芋粥を目の前にした心境だけではなく、利仁に追従することに安心感を覚える五位の様子などは誰しも経験があることだと思います。

古い物語が題材ですが、変わらない人間の性質を描き出した作品ですね。

おわりに

今回はあらすじと解説をまとめて紹介しましたが、「芋粥」はぜひ一度読んでもらいたい作品です。短編集にまとめて収録されているので、他の作品も併せて読んでみてくださいね。

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