太宰治「斜陽」のあらすじと解釈を3つのポイントで紹介

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太宰治と言えば「人間失格」が有名な小説ですが、世間に与えた影響を考えれば「斜陽」も負けてはいません。

現代の私たちからすれば少しイメージしにくいかもしれませんが、上流階級の没落を描いた名作です。

 

今回は、太宰治「斜陽」のあらすじをわかりやすくお伝えします。

また、作品のポイントを3つにまとめてみました。

すでに読んだことがある方も、読んだことのない方も、「斜陽」の世界に浸ってみましょう。

 

斜陽の背景と登場人物

「斜陽」は第2次世界大戦後、没落していく上流階級を描いています。

太宰は、終戦後の実家が、チェーホフの「桜の園」という戯曲のように寂れてしまったことに衝撃を受けました。

 

名家であった津島家(太宰の実家)が没落したことを小説にしたいと執筆されたのが「斜陽」です。

全体的に「桜の園」を意識した作りになっており、チェーホフの名前も何度か登場します。

また、当時太宰治と不倫関係にあった太田静子の日記を参考に書かれており、当時の太宰やその周囲の人物の心情が反映されている小説です。

 

この小説の反響は非常に大きく、国語辞書の「斜陽」という項目に「没落」という意味が付け加えられるほどでした。

 

 

本作の主な登場人物は次の4人です。

 

かず子

29歳の長女。かつては結婚していたが離婚、子供を流産した。

現在は母親と2人で暮らしている。

 

かず子の母

作法にかなってはいないが、貴族的なふるまいをする女性。

引っ越してから体調を崩しがちである。

 

直治

かず子の弟。行方不明であったが、戦争から戻りかず子たちと暮らし始める。

不良ぶって東京に出ては放蕩生活を送っている。

 

上原二郎

直治が尊敬する小説家。酒に溺れる生活を送っている。

 

これら4人が緩やかに破滅していく様子が「斜陽」には描かれています。

 

斜陽のあらすじ

戦後、家が没落してしまったかず子は、西片町の実家を売り払い、母と共に伊豆の山荘へと移り住んだ。

しかし、かず子の母の体調は悪化し、寝たきりでいることが多くなってしまう。

どうやら、蛇の事件や火事の騒ぎがかず子の母の心労となっていたようだ。

 

かず子が慣れない畑仕事に疲れを感じてきたころ、弟の直治が帰ってくる。

戦争から戻ってきた直治は酒を飲み、東京に遊びに出ていくという荒れた生活を送っていた。

母と弟の様子から生活が不安になったかず子は上原にすがろうと「あなたの子供が欲しい」と手紙を書く。

 

3度手紙を出したが返事はなく、そのうちに母の容体が悪化し、亡くなってしまう。

かず子は上原を頼みにしなければ生きていけなくなり、妻もいる彼のもとへと押し掛け、結ばれる。

だが、その夜には直治が自殺していた。

 

上原も母と弟を失ったかず子からは距離を置くようになったが、かず子は念願の上原の子供を妊娠し、不倫相手の子を産んだシングルマザーとして「古い道徳」と戦っていくことを決意した。

 

斜陽の解説

あらすじを理解したところで、小説の解説をしていきたいと思います。

「斜陽」には心引かれる部分がいくつもありますが、ここでは3つのポイントに絞って解釈をしていきます。

 

本作のテーマは何?

「斜陽」のテーマを一言で表せば「ゆるやかな破滅と、滅びゆく中の美しさ」となります。

物語の中では4人の生活を通じて、この主題が描かれています。

ここでは、主人公のかず子の心境に注目して詳しく見ていきたいと思います。

 

抜けきらない貴族生活

かず子と母はいわゆる上流階級でありましたが、戦争の影響で没落してしまいます。

西片町の屋敷を売り払い、伊豆の山荘に移り住んだかず子たちですが、今までの「貴族生活」が抜けきりません。

 

なので、近所の人からも次のように言われてしまいます。

 

「これからも気をつけて下さいよ。宮様だか何さまだか知らないけれども、私は前から、あんたたちのままごと遊びみたいな暮し方を、はらはらしながら見ていたんです。子供が二人で暮しているみたいなんだから、いままで火事を起さなかったのが不思議なくらいのものだ。」

 

かず子は畑仕事やいざとなったら労働もするとは言っていますが、限界を感じていました。

しかし、弟が帰ってくることになり母親から「家から離れて家庭教師をしなさい」とほのめかされたことで、本心を吐露しています。

 

「貧乏になって、お金が無くなったら、私たちの着物を売ったらいいじゃないの。このお家も、売ってしまったら、いいじゃないの。

(中略)

貧乏なんて、なんでもない。お母さまさえ、私を可愛いがって下さったら、私は一生お母さまのお傍にいようとばかり考えていたのに、お母さまは、私よりも直治のほうが可愛いのね。出て行くわ。」

 

 

かず子は母親を生きがいとして頑張っていたのですが、それに裏切られたように感じたのです。

これを聞いた母は思い直し、「着物を売ってぜいたくをしながら」生活していくことを決意しました。

 

かず子の焦り

そこに、弟の直治が帰ってきます。

直治は酒ばかり飲み、東京の上原二郎のもとに出掛けて遊ぶなど、放蕩の限りを尽くしていました。

また、母の体調も悪化してしまいます。

 

収入がなく、緩やかに貯金を食いつぶしていく生活の中、かず子も焦りを感じ始めました。

 

私はただ、私自身の生命が、こんな日常生活の中で、芭蕉の葉が散らないで腐って行くように、立ちつくしたままおのずから腐って行くのをありありと予感せられるのが、おそろしいのです。

 

かず子にとって「お金が尽きてしまう」ということよりも、「女としての生命が腐っていく」のが耐えられなくなってきたのです。

そこで、頼みにしようとしたのが上原二郎でした。

かず子は上原に3通の手紙を書き、「あなたの子供がほしい」と訴えます。

 

恋の成就

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しかし、上原からは返事がなく、頼みの綱としていた母親も亡くなってしまいました。

これではもう生きていくことができないと、かず子は上原の自宅に突撃します。

 

6年ぶりに会った上原はすっかり変わり果てていましたが、自分のことを愛しているとかず子は強く感じました。

 

「そんなら、こんなところへ来なけりゃいいんだ」

 私は黙っていた。このひとは、たしかに、私のあの手紙を読んだ。そうして、誰よりも私を愛している、と、私はそのひとの言葉の雰囲気から素早く察した。

 

 

そして、かず子は上原と結ばれます。

恋の成就に複雑な感情を抱きますが、かず子は確かに幸福を感じていました。

 

「私、いま幸福よ。四方の壁から嘆きの声が聞えて来ても、私のいまの幸福感は、飽和点よ。くしゃみが出るくらい幸福だわ」

 

直治の死

幸福の絶頂のかず子でしたが、自宅では弟の直治が自ら命を絶っていました。

そして1人になったかず子からは、周囲の人たちが徐々に距離を置くようになりました。

上原も例外ではなく、かず子から離れていきます。

 

しかし、かず子は上原の子供を妊娠しており、確かな満足感で満たされていました。

 

私には、はじめからあなたの人格とか責任とかをあてにする気持はありませんでした。私のひとすじの恋の冒険の成就だけが問題でした。

そうして、私のその思いが完成せられて、もういまでは私の胸のうちは、森の中の沼のように静かでございます。

 

かず子にとっては上原に恋をしていたというよりも、上原の子供に恋をしていたのです。

彼女にとっては自分の子供こそが新たな生きがいでした。

そして、不倫相手の子供を産んだシングルマザーとして古い道徳と戦うことを決意します。

 

 私生児と、その母。

けれども私たちは、古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです。

 

不良とは何を指している?

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「斜陽」ではキーワードとして「不良」という言葉が数か所出てきます。

これはどういう風に使われているのかを詳しく見ていきましょう。

 

物語の中でかず子が「不良」という言葉について考え始めるのは、弟の直治の日記を読んでからのことです。

直治がアヘン中毒に苦しんでいるときに書かれた日記には、「不良でない人間があるだろうか」という一文が記されています。

 

そして、それを読んだかず子は、「斜陽」の中でも有名な一節を言っています。

 

不良でない人間があるだろうか、とあのノートブックに書かれていたけれども、そう言われてみると、私だって不良、叔父さまも不良、お母さまだって、不良みたいに思われて来る。不良とは、優しさの事ではないかしら。

 

そして、「不良」についての考えを上原への手紙の中で述べています。

 

私、不良が好きなの。それも、札つきの不良が、すきなの。そうして私も、札つきの不良になりたいの。そうするよりほかに、私の生きかたが、無いような気がするの。

 

世間でよいと言われ、尊敬されているひとたちは、みな嘘つきで、にせものなのを、私は知っているんです。私は、世間を信用していないんです。札つきの不良だけが、私の味方なんです。

 

不良とは、「世間的には立派だと評価されていないが、本当は優しい人」ということができます。

かず子は没落していく上流階級であり、離婚も経験していました。

そんな境遇のかず子に対して、世間は「敵」のように感じられたのでしょう。

そこで、心引かれたのが「不良」である上原二郎でした。

 

かず子は「不良」として生きていくために、上原を利用しようとしたと言えますね。

 

革命と犠牲者

この作品ではゆるやかな「滅び」や「退廃」の様子が描かれていると述べましたが、物語の最後は絶望では終わっていません。

かず子は世間から後ろ指をさされることになろうとも、子供を1人で育てていくことを決意します。

彼女はそれを「道徳革命」といい、自分や上原そして直治を「犠牲者」だと語っています。

 

犠牲者。道徳の過渡期の犠牲者。あなたも、私も、きっとそれなのでございましょう。

 

「道徳革命」というのは、古き時代の道徳や因習を打破して、新しい価値観の生き方をするということでしょう。

しかし、一方でかず子や上原が「犠牲者」というのはどのような意味なのでしょうか。

 

分かりやすく言えば、「世間的に良い生活」からは外れてしまったということではないかと私は思います。

 

例えば、直治は上流階級という自分の出自に嫌気を起こし、酒やクスリに手を出して民衆たちと交わろうとします。

しかし、それも中途半端で嫌な顔をされ、もうどうしようもなく自殺という道を選んでしまいました。

 

また、上原は世間から非難を浴びながら、人生に絶望し酒に逃げています。

幸福はどこにもないと、体を壊すのも構わずにお酒を飲み続けているのです。

 

そして、かず子とその母は時代の流れによって没落してしまいました。

母は亡くなり、かず子は不倫の子供を産むという、道徳に反した生活を送り始めました。

 

今の時代なら、これらの生活も許容されることは多いと思います。

例えば、破産したり、お酒を飲んで体を壊したりしてもそれは個人の責任ですし、不倫を描いたドラマも普通に放送されています。

 

しかし、「斜陽」で描かれているのは終戦直後の日本。

当時の価値観ではまだ彼らの生き方は認められないことが多かったでしょう。

 

道徳というものが徐々に新しくなっていく革命の渦中で、時代に合った生き方ができないというのが「犠牲者」の意味しているところだと思います。

 

書評・総合評価

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  • おもしろさ★★★
  • よみやすさ★★

「斜陽」を5段階で評価してみると、上記のようになりました。

 

この作品は、なんというか「もろ純文学!」という作品で、読みごたえがあります。

そして、かず子の視点からエッセイ調で書かれているので、いきなり「蛇の話をしようかしら」と話題が変わったりするのも、物語の流れを分かりにくくしていて、ちょっと読みにくかったですね。

 

文学作品としての完成度は高く、読み込んでいくと登場人物それぞれに共感できるところがあり、「太宰らしさ」も見えてきて噛めば噛むほど味が出る作品だと思います。

ですが、「あまり普段は本を読まない」という方にはちょっとハードルが高いかもしれません。

 

おわりに

今回は太宰治の「斜陽」のあらすじと解説のまとめでした。

「斜陽」は全体を通して共感できる作品ではないと思いますが、登場人物の発言にハッとさせられることが多々ありました。

 

4人の登場人物は太宰自身を投影した部分が大きいと言われています。

他の作品にも触れて、彼がどのようなことを考えていたのかを知った後に読み返すと、より深く味わえると思います。

ぜひ、他の太宰作品と合わせて手に取ってみてくださいね。

太宰作品のおすすめはこちらの記事で詳しく紹介しています。

bunngou-matome.hatenablog.com